誓いのサイン その2
- 2012.06.01
- 脳脊髄液減少症
これは、只事ではないと頭痛治療で、とても有名なS先生を受診しました。
症状を伝え、頭部MRI、MRA、脳波などの検査を施行しました。
しかしS先生から、全て異常なしと結果を伝えられました。
母親は
「それでは、娘のこの体調不良は何なのでしょうか?」
S先生は、
「きっと、精神的な問題なのではないですか!?」
その言葉に母親は
「うちの娘は、学校も真面目に通っていましたし、親が言うのも何ですが、精神的な問題を抱えるような子ではありません。」
S先生
「はー、そうですか。」
S先生が、これ以上、話をあまり真面目に聞いてくれていないようなので、母親は、S.Hさんの性格や今までの行動、学校での立場などを細かく説明します。
しかし、母親が声を荒げれば、荒げる程、S先生の態度は、しらけていきます。
なおも息を切らしながら説明をする母親に対し、S医師は
「お母様の、その過保護的な態度が知らず、知らずに、S.Hさんを追い詰めていったのではないのですか?お母様がこの世にいなくなれば、S.Hさんの頭痛は治ると思いますよ。」
続く
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高橋浩一 先生
通院してきました。
病院で、患者さんがお医者さんに、声を荒げて抗議?している姿も珍しくない今日この頃です。
職場で、ある有名デパートのお客様相談係長を講師にお招きして、「クレーム対応について」という研修会を開いたことがあります。
そのときに、「どんな理不尽なクレームでも、まず、来所(電話)してくれたことに対して、ありがとうございますと言う。」というお話が印象に残っています。
お医者様も、患者さんも、そういった「カウンセリングマインド」をもってお互いに接すれば、状況は、もっとよくなると感じています。
「北風と太陽」の話を思い出します。
北風では、外套を脱がせることは出来ないのです。お互いに。
あきちゃんで~す様
コメントありがとうございます。
クレーム対応などの時、あきちゃんで~す様がおっしゃる「北風と太陽」の話を思いだして落ちつくようにと心掛けていますが、まだまだメンタルを北えなければ、でなく鍛えなければと感じる事があります。
お世話になっております。
移動教室に行けるかどうかをとても気にしておりましたスミ母です。長文のコメントを失礼いたします。
本日は、岡山でのご講演おめでとうございます。
高橋先生のご活躍が、とても嬉しいです。先日の週刊新潮も興味深く拝読し、子育ての中でも、プラスの感情かどうか、ドーパミンは分泌されているかと気にするようになりました。
さて、スミの移動教室ですが、高橋先生のおかげで2泊3日中、一度も頭痛や吐き気、めまいなどを訴えることなく元気に帰宅しました。長距離ハイキング以外は、学校の理解ある協力の下、楽しく参加できたとのことです。
とてもとても嬉しいので、どうしてもご連絡をしたくなり、この場をお借りして、深く御礼申し上げます。
また、誓いのサインの続きをお待ちしておりました。S.Hさんのお母様のお気持ちが痛いほどよく分かります。
ブラッドパッチ前のスミも、寝ても覚めても殴られているかのようなひどい頭痛との戦いで、まるで、この場にいるがこの場にいない、そんな感じでぼんやりしていました。
脳脊髄液減少症になる前は、細かいことを気にしない明るさで、お笑い芸人の真似をして笑わせてくれる子でした。体操で鍛えられた我慢強い精神もあり、頑張り屋で芯のある子だったのです。
そのようなスミが、頭痛や体のあちこちの痛み、吐き気などに耐えていて、「頭に響くから早く歩けない。」と歩くのもやっとになってしまったのです。
学校は、行きたいという気持ちだけで「これぐらいの頭痛ならなんとか行けるから。」と行くのですが、保健室にお世話になり、早退ということが多くなりました。
学校の宿題は、毎日の体操の練習でする時間がなく、いつも往復の電車内で済ませていました。そこで終わらないと、親が「もう寝よう。」と言っても、0:00過ぎても、「あと少し。」と譲らず、それでも終わらないと、朝1時間早く起きて仕上げるほどの頑張り屋でした。
それが、頭痛で体操を休んでいるのにもかかわらず、宿題ができないまま学校に行くことが多くなったのです。
スミを知る人には、明らかで驚くほどです。
でも、担当医師やER受診時の医師より言われたのは、思い出したくもない言葉が多々・・・。
スミは、それらの言葉や、どの頭痛薬も効果がないことから、安定剤を処方されたり、横隔膜の盛り上がりがない・心臓が他の子よりもほんの少し小さいという診断から、喘息の薬を処方されたりするうちに、
「僕は、心の病気じゃない。」「喘息の咳をしたことはない。」「頭痛なのに、違う薬は飲みたくない。」と、治せない医師達に不信感を抱き、治療を拒否するようになってしまいました。
親側からすると、子どもが原因不明の症状で苦しんでいて「代われるものなら、代わってあげたい。」とまで思い、悩んでいるところに、担当医師から、憶測だけでこれでもかといろいろ言われ、どんなに傷ついたかわかりません。
S.Hさんも、お母様も、どれほどお辛かったことか・・・。
スミと「違うよね。」と話しながら、それでも頭の隅のほうで「お医者様がおっしゃることだから」と、「そうなのかな。精神的なものなのかな。私が頑張らせ過ぎたのかな。」と考えてしまい、
「いや違う!寝ていても「頭が痛すぎるから、病院に連れて行って。」だなんて、おかしい。スミに「やりなさい。」と無理強いをしてさせていることはないはずだ。」
「でも、気づかないうちに負担になっているものがあるのかな。」
「うーん。もしそうだったら、それは何だろう。」
と、診察後は自問自答して、しばらくの間は自分を責めるように過ごしてしまうのです。
そのため、病院に行けば身構えていました。高橋先生との初診時も、失礼ながらそうでした。「何かを言えば、傷つく言葉が返ってくるかもしれないから、聞かれたことだけを答えよう。」そこまで、追い詰められていました。
なので、診察時と入院中の高橋先生や看護師の皆様からの温かさには、「心まで癒してくださる。」と感動していました。
高橋先生に出逢えなかったら、スミの小学校にとって修学旅行である移動教室は欠席でした。頭痛があるのに、先生方に「よろしくお願いします。」とは、もちろん言えません。
今、スミが心から笑い、食事を楽しみ、元気に生活できるのは、高橋先生のおかげです。スミは、
「高橋先生がいなかったら、今の僕はいない。先生は、僕のヒーローだ!」
と言っています。本当に、ヒーローであり恩人です。誰も助けてくれなかったスミを救ってくださり、本当にありがとうございます。
先生のブログを楽しみにお待ちしております。
講演会でお疲れのところ、長々と失礼いたしました。また、乱文をお詫びいたします。
スミ母様
コメントありがとうございます。
移動教室、無事に行けて良かったですね!
スミ君は、子どもにして多過ぎる様々な経験をされました。
苦しみ、辛さを克服した場合は人間として強くなります。
この強さ、経験を将来に活かして、夢を是非叶えて頂けたらと感じています。