第38回 日本小児神経外科学会 その二
- 2010.06.08
- 学会・講演・論文
![第38回 日本小児神経外科学会 その二](https://takahashik.com/wp/wp-content/uploads/2019/05/category-presentation-890x350.jpg)
日本小児神経外科学会では、毎年、子どもの脳神経外科疾患の治療成績向上のため、多くの演題が出され、活発な討論が行われます。
http://www.med.u-toyama.ac.jp/nsurgery/jspn2010/
初日の夕方には「虐待」が、特別企画として取り上げられました。
社会的背景を考慮した熱い討論が繰り広げられました。
虐待の原因として、
育児の疲れによる母親の加害、児の病気が要因、母親の療育能力欠如、父親の無知な揺さぶりなどが、報告されました。
また近年の日本の景気低迷なども影響なども、乳幼児虐待は増加に影響している可能性があります。
今後の重要な問題として、考えていく必要があると思います。
-
前の記事
第38回 日本小児神経外科学会 その一 2010.06.08
-
次の記事
富山にて! 2010.06.08
高橋浩一 先生
出張お疲れ様でした。
私は、「子どもの問題は、どう突き詰めてみても、大人の問題である。」と考えています。たぶん、多くの方のご賛同を得られる考え方ではないかと思っています。
ですから、虐待に限らず、小児の外傷のうち、大人が防げる部分もかなり多いのではないでしょうか?
もちろん、「転ばぬ先の杖」の与えすぎは、子どもの足腰(精神的にも)を弱めます。
しかし、昨今は、肝心なところで、「子どもに対する大人の無関心」が目立つような気もしています。
公立の学校においては、家庭的な困難(特に経済的に)から、教科の教育どころではない子どもも目立つようになってきています。
大人の責任は、大きいと思います。
小児科医の急激な減少についても、子どもに責任はないのですから…
あきちゃんで~す様
コメントありがとうございます。
>「子どもの問題は、どう突き詰めてみても、大人の問題である。」
私も同感です。
政治、経済、教育(大人へも含む)、医療、生活面・・・広い分野から、大人が子ども達の事を考えなくてはいけないと思います。
「虐待を受けて育った側」の立場として・・
わたしの手首には父親が押し付けたタバコの火の痕が残っています。
7歳で死別しましたので 半世紀近く過ぎた今は、父親の残した数少ない思い出です。
3歳頃からだと思いますが、
父母両方から虐待を受けました。
そんなに悪いことをしたかなぁ・・。
絶望がわたしの心の底に沈んで
癒えるには相当の時間がかかりました。
そのような父母を持ったことを
恥じて 隠して育ちました。
学校に通うようになると
誰よりも「できる人間」になろうとして、
だんだん自分の中でつじつまが合わなくなり、
拒食症になり、かなりしんどい時もありました。
そのかわり、
分け隔てなく与えてくれる他人さまの愛情をキャッチする力はついたようです。
その「ズバ抜けた本物を見つける力」と
「お人に助けていただく力?」のおかげで
娘の腰を打った娘のことで
高橋先生にたどりつくことができました。
周りの方々の根気強い、
しかも
見返りをあてにしない「大きな愛情」
に
ちょっとでいいから恩返しができたらなぁ、と思っています。
「いいひと」にたくさん甘えさせていただくことで
いつか自分も
「ちょっとだけ いいひと」になれると信じています。
親になってみてわかったのは
親にも、能力があり、
体力知力に限界があり、
いくら頑張っても
完璧にはできない、ということです。
それを「社会」が補っていけるシステムが欲しいですね。
「親神話」では 親も子も不幸です。
子どもには自分で立っていけるように
失敗を恐れずに トライしてもらいたいです。
父母については・・
「あの人たちには、それしかできなかったのだ。」と
理解しています。
でも、父と天国ですれ違ったら、
知らんふり(?)するか
どうするかは 考え中です。(´▽`)
hibiki様
コメントありがとうございます。
hibiki様の御経験、心中察するに余りあります。しかし、その御経験が今のお子様達への愛情につながっていると思います。