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腰椎穿刺後頭痛の治療と歴史

腰椎穿刺後頭痛の治療と歴史

腰椎穿刺が臨床応用されたのは、1891年にドイツの医師、クインケによる。そして腰椎穿刺後の頭痛が問題となってくるのは1898年、ドイツの外科医師、アウグスト・ビーアによる脊髄くも膜下麻酔導入後からである。全例で目的の術野に対して麻酔効果を発現し、手術が完遂できた一方で、半数以上の症例に頭痛、嘔気、嘔吐を伴ったと報告している。そして脊髄くも膜下麻酔が普及するにつれて、硬膜穿刺後頭痛に対する問題意識が広まっていった。硬膜穿刺後頭痛では、髄液圧が低圧である症例が多いことがわかり、また1923年には、死体解剖にて、硬膜穿刺の既往があると、脳室に注入したメチレンブルーが、腰椎の硬膜外腔に漏出することが示され、本病態は針穴からの髄液の漏れが原因であるとして広まり、現在に至っている。

治療として、生理食塩水髄注が著効する症例があり、1950年代まで続いた。また硬膜外生理食塩水注入なども行われたが、一時的な症状緩和しか得られない症例が多く存在した。1960年に入りブラッドパッチ治療が登場した。当時、2-3mlの注入量であった自家血が、現在では主に20ml-30mlの注入が行われている。近年、ペンシルポイント針開発をはじめ腰椎穿刺針の改良により、腰椎穿刺後頭痛は、安静を中心とした保存的加療にて、ほとんどの症例が回復する。腰椎穿刺後頭痛が持続したとしても、早期にブラッドパッチを施行することで、改善する症例が多い。一方、経過観察が長期化すると難治症例が出現してくる。そのため、腰椎穿刺後頭痛が持続した場合には、ブラッドパッチを早期に施行することで、ほとんどの症例は治癒可能であると考えている。今回、症例提示を行いつつ、腰椎穿刺後頭痛の治療を歴史的に振返り、病態と治療について考察する。