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野球道具

野球道具

「バットは、とても高価なもので、私が高校時代には、バットを持てる人は限られていた。」

「大切に、大切に使っても、折れる時には、折れるんですよ。」

「高校野球の試合で、バットが折れて使えるのが無くなった時に、以前に戦った学校の選手が貸してくれるんですよねー。それを、それを大切に、でもバットを貸してくれた選手のために勝たねば!と意気込んでスイングしたら、折れちゃったんですよね!本当に高価なものを、申し訳けなくて。」

「バットをはじめ、野球道具は、すべて宝のように大切にしましたよ。当時のグローブやスパイクは、とても粗末でしたけれどね」

「プロに入ってからは、自分で森に行って良いバットになりそうな木をとって、それを職人さんに渡して何ヶ月かすると、バットが3本ほどできるんですよ。それが、とても、とても気に入ってねー。そのバットから、たくさんのヒットを生んだもんですよ。でも、いずれ折れてしまうんですけど、その時は、とても悲しくてね。泣きたくなりましたよ。」

貴重なお話しをして頂いたのは、元プロ野球選手、西鉄ライオンズで活躍し、現在、野球解説者、そして純パの会、http://www.junpa.com/ 名誉会長の豊田泰光さんです。

野球道具について、豊田さんはさらに、

「私がプロになったばかりの頃は、アメリカの人達と、グローブやスパイクをかけて試合をしたものですよ。」

「あの当時、アメリカ製のグローブやスパイクなんて、もの凄く高価で、プロ野球選手でも、持てる人は限られていた。なので、必死に野球して、勝って、グローブやスパイクをもらいましたよ。」

「それを、いつもピカピカに磨いて、大切にしていました。」

「当時の大リーガーからもらったグローブは、特に貴重でした。大切に、大切にしていたら、仰木 (元近鉄、オリックスの監督 仰木彬氏 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%B0%E6%9C%A8%E5%BD%AC ) に持って行かれた。しかも、マジックで、グローブに自分の名前を書くんですよ。あいつは泥棒だ!」

と続けて頂きました。

とても、とても貴重なお話し、ありがとうございました。

今のプロ野球があるのは、もちろん、豊田さんをはじめ、戦前、戦後のプレーヤー、関係者の方々のおかげであるのは言うまでもないと思います。

野球以外の分野にも当てはまるでしょう。

バットに限らず、日本では様々な物が手に入りやすい世の中となりました。

それでも、一つ一つの物を大切にしていく気持ちを保つ事は大切であるという当たり前の事を、当時の野球事情を踏まえて教えて頂きました。

そして先人の方々に、改めて感謝です。